「トランプ大統領の5つの誤算・・・今後のイラン情勢を考えずにやってはいけない」
松井 隆
この記事の著者
DZHフィナンシャルリサーチ 為替情報部 アナリスト

大学卒業後、1989年英系銀行入行。入行とともに為替資金部(ディーリングルーム)に配属。以後2012年まで、米系、英系銀行で20年以上にわたりインターバンクのスポット・ディーラーとして為替マーケットを担当。ロンドン本店、アムステルダム、シンガポール、香港の各支店でもスポット・ディーラーとして活躍する。銀行退職後は本邦総研、FX会社のコンサルティング、ビットコインのトレーディング等多岐にわたる事業に従事する。

為替の仕組み

2月28日(土)、米国はイスラエルとともにイランに対してミサイル攻撃を実施しました。

これを受けて金融市場は大きく反応し、以降の相場は連日値幅を伴う荒い動きとなっています。

なかでも先週月曜日、3月9日の原油先物市場の動きは極めて激しいものでした。

原油価格の急騰をきっかけに、債券・為替・商品といった各市場も連鎖的に乱高下する展開となりました。

この一連の動きを受け、市場関係者の間では、トランプ米大統領にとって「起きてほしくない出来事が同時に五つ発生した」との見方が広がっています。

まず一つ目は、原油先物価格の急騰です。

産油国であるイランへの攻撃は、ホルムズ海峡の封鎖リスクを通じて原油価格を押し上げる可能性が、攻撃前から指摘されていました。

そして9日には、原油価格が一日で30%以上急騰するという異例の事態となりました。

トランプ大統領はかねてより「Dig, baby, dig!」と発言し、国内の原油増産を強く促してきただけに、皮肉な展開となりました。

二つ目は株価の下落です。

開戦直後は比較的落ち着いた動きを見せていた株式市場ですが、原油価格の急騰に加え、次に述べる金利上昇の可能性が意識されるにつれ、株価は次第に上値の重い展開となりました。

三つ目は、米連邦準備理事会(FRB)による利下げ停止の可能性です。

原油価格の上昇はインフレ懸念を強める要因となるため、FRB内部でも金融緩和に慎重な姿勢を示すメンバーが増える可能性があります。

四つ目は債券利回りの上昇です。

地政学的リスクの高まりから、安全資産とされる債券が買われ、利回りが低下する場面も見られました。

しかし最終的には、原油高によるインフレ懸念が意識され、利回りは再び上昇圧力を受ける展開となりました。

そして五つ目がドル高です。

米国経済への悪影響を懸念する声もある一方で、安全資産としてのドル需要が高まりました。

特に新興国市場では、新型コロナウイルスによるロックダウン以来とされるほど新興国債券が売られる場面もあり、ドル高圧力が一段と強まりました。

ドル高は米国への製造業回帰を掲げるトランプ大統領にとって必ずしも望ましいものではありません。

輸出競争力を損なう可能性があるため、政権の経済政策との整合性という観点でも、難しい局面を迎えていると言えるでしょう。



このような五つの事象が同時に表面化したのは、3月9日のオセアニア・アジア市場でした。

もっとも、この状況を受けて、トランプ大統領は早々に火消しに動いたとみられます。

トランプ米大統領は「イランでの戦争はほぼ完了している」「戦闘は近く終結する可能性がある」との見解を示したと報じられました。

市場はこの発言に敏感に反応しました。原油先物価格は下落に転じ、株式市場では買い戻しの動きが広がりました。

また、米国債利回りは低下し、為替市場ではドル売りの動きが見られるなど、直前までの緊張感の高い相場展開は一服する形となりました。

ただし、実際にイランとの戦争が終結に近づいているのかについては、現時点で確かなことは何も分かっていません。

実際、イラン側は「戦争の終結を決めるのは我々である」と強調しています。

さらに「米国とイスラエルによる攻撃が続くのであれば、この地域から1リットルの石油も輸出させない」と強い姿勢を示しています。

加えて、「イランに関するトランプ大統領の発言はナンセンスだ」とも述べており、米国側の見解を明確に否定しています。

米国がイランに対して大規模な攻撃を実施していること自体は、米国側の発表から確認できます。

しかし、トランプ政権が攻撃の過程で、ハメネイ最高指導者の後継候補と目されていた複数の人物も殺害してしまったとされており、その結果としてイラン政権内部の情報を把握することは、これまで以上に困難になっている可能性があります。

こうした状況を踏まえると、「戦争の終結を決めるのは我々である」というイラン側の主張の方が、現実の力学を反映している可能性も否定できないでしょう。



そもそも欧米では、公の場や対外的な発言において、強気の姿勢や前向きな見解を示す傾向が強いとされています。

例えば、欧米の金融機関では毎年「アプレイザル(勤務評価・人事評価)」と呼ばれる自己評価を行います。

日本人が自己評価を求められた場合、多くは「中」あるいは「中の上」といった控えめな評価を選ぶ傾向があるでしょう。

しかし欧米では、そのようなケースはほとんど見られません。

基本的には自らを「上」と評価するのが一般的であり、あえて自分が十分にできなかった点を強調して評価するという文化はあまりありません。

このような文化的背景に加え、トランプ大統領は自らの失敗を認めることを極めて嫌う人物として知られています。

さらに、これまでも不利な状況については事実関係を曖昧にしたり、異なる説明を行うことで乗り切ってきたとの指摘も少なくありません。

そのため、今回のイラン攻撃についても「早期終戦」との発言をそのまま額面通りに受け取ることは難しいとの見方が市場では広がっています。

今後のイラン情勢がどのような展開をたどるのかは、現時点では依然として不透明です。

もちろん、トランプ大統領が述べるように、比較的早期に事態が収束する可能性も否定はできません。

しかし、これまでの政権とは異なり、大統領の発言そのものの信頼性が市場で議論されていることも事実です。

したがって、為替市場をはじめとする金融取引においては、大統領発言をそのまま前提にするのではなく、より慎重に状況を見極めながら判断していく姿勢が求められるでしょう。


本コラムは個人的見解であり、あくまで情報提供を目的としたものです。いかなる商品についても売買の勧誘・推奨を目的としたものではありません。また、コラム中のいかなる内容も将来の運用成果または投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。最終的な投資決定はお客様ご自身の判断でなさるようにお願いします。

※本記事は2026年3月16日に「いまから投資」に掲載された記事を、許可を得て転載しています。


関連記事
「原油連動相場」エネルギー価格が為替・株式を動かす

原油価格の急変が為替や株式の方向感に大き Read more

ようこそ、トレーダムコミュニティへ!