「1986年を振り返らずにやってはいけない?」
松井 隆
この記事の著者
DZHフィナンシャルリサーチ 為替情報部 アナリスト

大学卒業後、1989年英系銀行入行。入行とともに為替資金部(ディーリングルーム)に配属。以後2012年まで、米系、英系銀行で20年以上にわたりインターバンクのスポット・ディーラーとして為替マーケットを担当。ロンドン本店、アムステルダム、シンガポール、香港の各支店でもスポット・ディーラーとして活躍する。銀行退職後は本邦総研、FX会社のコンサルティング、ビットコインのトレーディング等多岐にわたる事業に従事する。

為替の仕組み
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先週、ドル円は1986年12月以来となるドル高・円安が進行しました。

そもそも、1986年はどのような時代だったのでしょうか。

1986年は、日本経済がバブル景気へと向かう転換点となった年です。

一般的には、この年頃から資産価格の上昇が本格化し、その後約5年間にわたってバブル経済が続き、1991から92年頃に崩壊したとされています。

政治的には、日本は中曽根康弘内閣、米国はレーガン政権で、「ロン・ヤス」と呼ばれる良好な日米関係が築かれていました。

また、この年には男女雇用機会均等法が施行され、日本の雇用制度が大きな転換点を迎えています。

一方で、4月にはソ連でチェルノブイリ原子力発電所事故が発生し、世界に大きな衝撃を与えました。

文化・社会面では、おニャン子クラブが一世を風靡し、家庭用ゲーム機では任天堂の「ディスクシステム」が発売されるなど、日本の消費文化も活況を呈し始めていました。

また、前年に開業した東北・上越新幹線の利用が定着し、高速交通網の整備も進んでいました。

ただ、1986年を語るうえで欠かせないのが、その前年に起きた歴史的な出来事です。

それは1985年のプラザ合意です。



プラザ合意は、1985年9月22日に米ニューヨークのプラザホテルで開催されたG5(先進5か国財務相・中央銀行総裁会議)で合意されました。

当時、米国は深刻な貿易赤字に直面しており、その是正と輸出競争力の回復を目的に、ドル高を是正するため各国が協調してドル売り・自国通貨買い介入を実施することを決定しました。

その影響は極めて大きく、プラザ合意前日には1ドル=240円前後で推移していたドル円は、わずか3カ月足らずで200円を割り込みます。

その後も円高は止まらず、1986年3月には175円台までドル安・円高が進行し、10月には153円台まで下落しました。

一方、その後はドルが買い戻され、今回話題となった1986年12月には164円台まで回復しています。

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余談ですが、あえて1986年3月の水準を挙げたのには理由があります。

当時、大学1年を終えて2年生になる春休みに、アルバイトで貯めた資金を持ってインドを中心に貧乏旅行へ出掛けました。

出発前に円をドルへ両替したため、旅行中は円高が進むたびに、自分が持っていたドルの価値が目に見えて目減りしていくのを実感したことを、今でも鮮明に覚えています。

この出来事が為替に興味を持つきっかけとなり、その後、外資系金融機関の採用面接では、「この経験が外為ディーラーを志望した原点です」と話していました。

要するに、前回ドル円が164円台を付けた1986年12月は、現在のようなドル高・円安局面ではありませんでした。

プラザ合意後に急速に進んだドル安・円高の流れのなかで、一時的にドルが買い戻されただけの局面だったのです。

つまり、当時は「日本売り」で円安になっていたわけではなく、世界的なドル売り・円買いのトレンドが続くなかで生じた調整局面だったと言えます。

蛇足ですが、「1986年12月以来の円安水準」という表現は正しいものの、具体的に「何月何日の何円何銭」という水準を正確に示すことはできません。

現在のような電子ブローキング(EBSなど)はまだ存在せず、当時はボイスブローキングが全盛の時代でした。

為替取引はブローカーを介した電話(スピーカー越し)で行われており、約定価格はブローカーごとに異なっていました。

そのため、高値や安値にも相当なばらつきがあり、現在のように市場参加者全員が共通のティックデータを参照できる環境ではありませんでした。

このため、1986年当時のドル円の高値・安値については、「164円台」「165円近辺」といった大まかな水準でしか語ることができないのです。



このように、為替市場は1986年以来の円安水準まで戻ってきましたが、40年前とは置かれている状況が大きく異なります。

株式市場こそバブル期を彷彿とさせる高値圏にありますが、当時のように国民全体が好景気を実感し、バブル経済に浮かれているような雰囲気はありません。

むしろ、円安による輸入物価の上昇で家計への負担が増し、多くの国民にとってはマイナスの影響の方が大きくなっています。

それにもかかわらず、現時点では政権が円安是正を最優先課題として取り組む姿勢はあまり見えてきません。

株高による資産効果や企業収益の改善を重視しているためなのか、それとも他の政策課題を優先しているためなのか、その理由はさまざまな見方があるでしょう。

40年前とは異なり、円安の恩恵よりも負の側面が強く意識される環境の中で、今後も円安に歯止めがかからないリスクについては、これまで以上に注意深く見ていく必要がありそうです。


本コラムは個人的見解であり、あくまで情報提供を目的としたものです。いかなる商品についても売買の勧誘・推奨を目的としたものではありません。また、コラム中のいかなる内容も将来の運用成果または投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。最終的な投資決定はお客様ご自身の判断でなさるようにお願いします。

※本記事は2026年7月6日に「いまから投資」に掲載された記事を、許可を得て転載しています。


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