「米国の製造業回帰はあるのかを考えないでやってはいけない」
松井 隆
この記事の著者
DZHフィナンシャルリサーチ 為替情報部 アナリスト

大学卒業後、1989年英系銀行入行。入行とともに為替資金部(ディーリングルーム)に配属。以後2012年まで、米系、英系銀行で20年以上にわたりインターバンクのスポット・ディーラーとして為替マーケットを担当。ロンドン本店、アムステルダム、シンガポール、香港の各支店でもスポット・ディーラーとして活躍する。銀行退職後は本邦総研、FX会社のコンサルティング、ビットコインのトレーディング等多岐にわたる事業に従事する。

為替の仕組み


米国の製造業の雇用とインフラは1970年代から縮小しています。

労働統計局のデータによると、米国では数十年前と比べて農場や工場で働く人の数が減り、大半がソフトウェア、金融、医療などのサービス業に従事していることがデータから明らかになっています。

1970 年代には、米国の労働者の5人に1人が製造業に従事していました。

しかし、今日ではその数は12人に 1人程度に減少しています。

この傾向は決して労働人口の割合に限ったことでもありません。

経済協力開発機構(OECD)の2004年から2020年のデータで、製造業が占める国内総生産(GDP)の割合は高所得国が15.5%から13.1%へ減少しています。

一方で、低所得国は8.1%から11.6%へと上昇しています。

米国は13.2%から10.5%へ減少、メキシコは18.8%から20.8%へ上昇しています。

かつては世界の製造業の中心だった中国は、近年の賃金の上昇などもあり32.0%から26.3%まで低下しています。

産業構造では、インフラや輸送費などだけでなく、賃金なども重要になります。



個人的なことですが、筆者の兄はグリーンカードを取得して米国に在住しています。

年に一度くらいは、出張や帰省もあり日本に帰国しますが、給与面などを聞くと日本のほぼ倍ではないかと思われる金額です。

ただ、生活費を含め、その倍はかかるので、住んでいる人たちからするとそれくらいもらわないとやっていけないので当たり前です。

では日米の平均年収はどうなっているでしょうか?

日本の平均賃金は国税庁の「令和5年分民間給与実態統計調査」によると、1年を通じて勤務した給与所得者1人あたりの平均年収は460万円になっています。

一方米国は6万5470ドル(1ドル=147円換算で962万円)となり、倍(以上)となっています。

単純に考えただけでも、日本から米国へ工場を移転した場合には、製造業で働いている人へ払う給料が倍になるわけです。

「日産自動車が今夏にも、米国向け主力車の国内生産を一部現地生産に切り替える検討」との記事も出ていますが、これほどのコスト高になることで、工場を移転するのは稀なことです。

米国への輸送費を考えて、日本を含め多くの自動車製造業が、北米輸出の拠点をメキシコに置いていますが、メキシコの平均年収はどうでしょうか?

平均年収はおおよそ35万ペソ(1ぺソ=7.1円で換算で249万円)となり、米国の3.8-3.9分の1になります。

約4倍の人件費などをはらって工場を移転することは、非常に難しいでしょう。



このような状況下で、米国に製造業を移転させるにはどのような手段があるのでしょうか?

唯一可能性があるとしたらば為替の調整ではないかと思います。

例えば、ドル円が100円になった場合、米国の年収は円換算だと654万円まで下がります。

ペソ円もそれに連れて下がります。

更にドル安・円高が進めば、輸送費やインフラなどを考慮しても米国の工場移転に近づく可能性があるでしょう。

直情型で何度も自分の会社を破産させているトランプ大統領はおいといても、周りにいるベッセント米財務長官やラトニック米商務長官などが製造業を今の状況で米国に復活できると思い込んでいるとも思えません。

このような事情もFXに影響を与えそうです。


本コラムは個人的見解であり、あくまで情報提供を目的としたものです。いかなる商品についても売買の勧誘・推奨を目的としたものではありません。また、コラム中のいかなる内容も将来の運用成果または投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。最終的な投資決定はお客様ご自身の判断でなさるようにお願いします。

※本記事は2024年4月14日に「いまから投資」に掲載された記事を、許可を得て転載しています。


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